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【8月1日】新連載「日本・ラトヴィア関係史」(1) PDF プリント メール
作者 webmaster   
2011/08/01 月曜日 11:06:21 JST

  今年は日本ラトビア国交開始90年、外交関係再樹立20年という記念すべき年に当たるが、この機会に協会ニュース「Latvija」でもお馴染みの外務省外交資料館勤務、白石仁章氏に両国関係史の執筆をお願いした。月2回のペースで24回連載の予定。近刊「諜報の天才 杉原千畝」(新潮選書)がある。【Latvija編集室】 ※ラトヴィアなどの表示は原文通り掲載。

  

  日本・ラトヴィア関係史(第一回)

                    白石仁章(外務省外交資料館)

  以前から本協会の会報にラトヴィアを訪れた時の見聞、または日本とラトヴィアの様々なエピソードについて、エッセー風の文章を書かせていただきました。この度改めて日本・ラトヴィア関係史ということで、連載させていただくことになりました。今まで断片的に紹介したエピソードもいくつかありますが、第一次世界大戦後ラトヴィアが独立してから、日本との関係が芽生え、1940年にソ連に併合されるまでの約20年間に起こった両国間の様々な出来事を時代順に紹介していきたいと思っています。

  筆者がラトヴィアに興味を持つようになったきっかけとなりましたのは、実は第二次世界大戦中に大勢のユダヤ系避難民の命を救ったことで知られる杉原千畝の研究でした。もちろん、杉原千畝はリトアニアのカウナスに置かれた領事館の領事代理でしたので、ラトヴィアに在勤したことはありません。しかし、日本とバルト三国の間には超大国ソ連が横たわっていました。当時の日本にとって、対ソ連情報につき協力できる国々は重要であり、ポーランド、フィンランド、トルコ等々と密接な協力関係を築いていました。バルト三国もまさに対ソ情報で協力していける重要な国々で、中でも一番密接な関係を築いたのがラトヴィアでした。インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝に興味を有する筆者が、ラトヴィアにも関心を広げたのは当然の帰結でした。

  筆者が勤めている外務省外交史料館には、戦前の外務省記録が4万8千冊の記録ファイルとして所蔵されています。日本とラトヴィア二国間関係、あるいはヨーロッパにおける様々な事件に関して、ラトヴィア側から情報提供を受けた史料が少なくありません。これら史料に基づき、両国間の「知られざるエピソード」を順次紹介し、本協会の諸兄姉のご参考に供したいと思いますので、何卒おつきあいの程宜しくお願い申し上げます。 

白石仁章(しらいし まさあき)

 

 1963年 東京都に生まれる

1987年 上智大学文学部史学科卒、同大学院に進学    

(この頃より杉原千畝に興味を持つ)

1989年 大学院在学中に外務省大臣官房文書課(現総務課)外交史料館に外務事務官として採用され、現在に至る。

1994年 上智大学大学院文学研究科史学専攻単位取得満期退学。

2000年 東京国際大学非常勤講師(2011年まで続ける)。

2010年 慶応義塾大学大学院非常勤講師、現在に至る。

最終更新日 ( 2011/08/18 木曜日 21:56:48 JST )
 
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