音楽大国ラトビア

久元 祐子(ピアニスト)


 
私が初めてラトヴィアを訪れたのは、ラトビアが旧ソ連から独立を果たした1991年4月のことでした。すでに旧ソ連はがたがたになっていましたが、国営の音楽プロモーターともいうべき「ゴスコンツェルト」はまだ健在で、当時のレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルク)などでリサイタルを行い、リガで国立ラトヴィア交響楽団と協演しないかと招いてくださったのです。この年の1月には、旧ソ連の治安部隊と独立を求めるラトヴィアの人々との間で衝突が起こるなど多少の不安はありましたが、私はお招きを受けることにしました。ラトビアがどんな国なのかとても知りたかったからです。
1991年4月11日早朝、レニングラードでのリサイタルを終えた私は、夜行列車でリガに着きました。リガは、北国の淡い春の光があふれ、メルヘンのような中世の面影を残す街並みは、静かなたたずまいを見せていましたが、言葉では言い表せない緊張を感じました。
 コンサートでは、モーツァルトのニ短調のコンチェルトを弾きました。モスクワ主催のコンサートでありながら、オーケストラのメンバーは「政治と音楽は別」と言い切り、素晴らしいモーツァルトを奏でてくださいました。演奏が終わると、ラトヴィアの人々は温かい拍手を送ってくださいました。花束を手渡してくれたラトヴィアの少女が、流暢な日本語で「すばらしいおんがくをありがとう」と微笑んでくれたのには感激しました。ラトビアの人々の音楽への愛情、そして情熱を、このコンサートから感じました。
 ラトビアは民謡の宝庫です。古くから合唱が盛んで、コンサートがひんぱんに行われてきました。旧ソ連からの独立の時、人々は音楽祭で長く禁じられていたラトビアの賛歌を高らかに歌い、祖国への熱い想いを新たにしたのでした。ラトビアの人々は、同時に古くからヨーロッパの音楽を取り入れてきました。1837年から39年までは、大作曲家のワーグナーがリガに滞在し、オペラを指揮しました。ワーグナーが振ったホールは現存しており、「ワーグナーホール」と名付けられています。
私が二度目にラトビアを訪れたのは、最初のラトビア訪問から十年近くが経った2000年9月のことですが、リサイタルが開かれたのがこの「ワーグナーホール」でした。モーツァルトなどの作品のほか、友人の日本人作曲家を弾かせていただきました。とてもすばらしいホールでした。リサイタルが終わった翌日、かつて衝突のあった公園に行きましたが、当時の衝突で犠牲となった写真家の名前が石碑に彫られていました。
私は、このようなご縁でラトビア、そしてその音楽に関わらせていただいてきました。毎年東京で行っている恒例のリサイタルでは、2002年には、20世紀ラトビア音楽を代表する作曲家、ヤーゼプス・ヴィートールス(1863?1948)の「ピアノのための10の変奏曲 作品6」を、日本初演として弾かせていただきました。この曲のスコアは、リガの合唱指揮者の重鎮、スクリデ氏から頂戴しました。素朴でメランコリックな詩情あふれるテーマと10の変奏からできています。大地からわき起こってくるような情念、がっしりとしたドイツ音楽の伝統と形式、そしてなによりもラトヴィアの歌心…いろいろな魅力のあふれた名曲です。CDも出されておらず、もう一度聴きたいという声をたくさんいただきましたので、翌年のリサイタルでも弾かせていただきました。今年9月13日に、やはり東京文化会館で予定しているリサイタルでは、ヴォルフガングス・ダルツィンスのピアノ・ソナタ第2番を日本初演させていただく予定です。透明な魅力を湛えた佳作です。ラトビアへの想いをこめて、演奏させていただきたいと思っております。
(05. 07/21)
(追)
 このほど、?ショパンから、「作曲家別ピアノ演奏法?シューベルト・メンデルスゾーン・シューマン・ショパン?」という本を出版」させていただきました。5冊目の単行本になります。
ピティナ(全日本ピアノ指導者協会の機関誌)「Our Music」に連載されました「作曲家研究シリーズ」をもとに、初めてピアノ演奏法について書かせていただきました。スコアの解釈には無限の可能性があり、作曲家の美学や発想法、作品が書かれた当時の演奏慣行や楽器、またそれぞれの作品を弾いてきた先人の思索のみ依拠しながら、自分なりの作品イメージを形づくっていくことが求められると思います。
本書は、そのような作曲家への私なりの問いかけについて、ロマン派の4人の大作曲家の作品を取り上げて記したものです。代表的な作品を中心に、それぞれの作風にふさわし演奏とは何かについて考えてみることにしました。
※ヤマハ銀座店、新宿紀伊国屋書店、ジュンク堂池袋本店などでも扱っていますが、事務局でも斡旋します。
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久元 祐子(Yuko Hisamoto)
 東京芸術大学音楽学部器楽科(ピアノ専攻)を経て、同大学院修士課程を修了。全国各地、またヨーロッパ、ロシアなどでリサイタルを開催し、内外のオーケストラと協演。「ラジオ深夜便」などの放送番組出演、レクチャーコンサート開催、執筆活動と多方面で活躍中。
 CD「ピアノ名曲の花束」「ノスタルジア」「久元祐子:ショパンリサイタル」「ベートーヴェン:テレーゼ、ワルトシュタイン」「モーツァルト:ピアノコンチェルト、シンフォニー」「リスト「巡礼の年第2年『イタリア』」などで好評を博する。
 著書に「モーツァルト?18世紀ミュージシャンの青春」(知玄舎)「モーツァルトはどう弾いたか」(丸善出版)、「モーツァルトのクラヴィーア音楽探訪?天才と同時代人たち?」(音楽之友社)ほか。
 これまで毎日21世紀賞、園田高弘賞などを受賞。
 国立音楽大学講師、日本ラトヴィア音楽協会理事、セレモアコンサートホール武蔵野顧問。
 久元祐子ホームページ「モーツァルトのピアノ音楽」(Yahoo!などで「久元祐子」と入力)。(7月よりプログラムノート掲載)


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keisuke Suzuki(C) 2005